物語の中なら、あなたを愛せるから。

漫画を描く理由を今朝母に聞かれた

ミニストップでパフェ食べながら。

 

うーんそれは去年まで自分ためだった。

例えば絵描きたいとか、漫画作ってみよーみたいな。私の趣味とかそんな感じで。

 

 

だけど私は描くことを続けて、その中で色んな経験をして、人に会って、たくさんの光景を見て、また人が去るのを見送って。

 

 

次第にお話を描き続ける理由が変化したと感じてる。

今考えて浮かぶ一番の理由としては

ものすごく会いたい人がいる

だけどその人と会えるのは作品の中の想像世界じゃないと不可能だから。

自分勝手な作品たち

物語を作るときに1番私が重要視してるのは言いたいセリフ。

 

 

例えばみなさん読んでくださってるかわからないけど、

「アイドルの俺とヘビーな彼女」(http://www.moae.jp/comic/morningzero_idolnooretoheavynakanojo?_ga=2.239496771.152064775.1516369762-936198998.1516230650)

妊娠できない女性に対して、主人公がその彼女の心を和らげるために結婚に関してのセリフを言うんだけど

 

そのセリフが最初に思いついて、それを使いたくてお話を作った。

これは完全創作意欲から出てきた作品。

 

 

ちばてつや賞を受賞したしのつく雨という作品は、

夢で見た世界を描いたら楽しそうだったから。

(http://www.moae.jp/comic/chibasho_shinotsukuame/1)

私が描きたいというわがままからできた、私のために描いたような作品

 

2017年はそんな感じで自分本位に作品を描いてた。

セリフ使いたいとか、この景色いいなとか。

だけど、私が転換期を迎えたのは確か2018年の頭あたりだった。

 

私が小さい頃からずっと仲良く近所づきあいしてたおじいさんが亡くなったのだ。

後悔と挫折

その人が亡くなって私は気づくことが多かった。

 

毎朝の挨拶がなくなって、

季節ごとに美しく咲く花を、もう貰えなくなった

夜外で散歩してたら、時々待っててくれるあの人がいない

 

家の正面のおじいさんの家は

おじいさんの奥さんが老人ホームに入ってて、

もう電気が付いてなくて、空き家

 

おじいさんと撮った写真が一枚もないことに気づいた

あれほど仲良くしてたのに

私はおじいさんの名前を知らなかった

 

 

亡くなったと知らせがくるまで

私とおじいさんはただのご近所さんで、その関係で十分だった

遠すぎず近すぎず、それで結構なのに。

 

亡くなったと聞いたとき

失ったものがどれほど私が心の中で大切にしてたのか気づいた

その存在に慣れてしまっていて、

私が大切なことさえも忘れてしまってた

 

ものすごい後悔と悲しみが襲って、

どこにもおじいさんと私が一緒にいた証がなくて、自分で決めたご近所さんという関係を疎んだ。

 

その後すぐに私はどうしてもおじいさんに会いたくて、感謝の気持ちを伝えたくて

「他人のあの女」(http://you.shueisha.co.jp/reading/pc/taninno_ano.html

という作品を作った。

 

私はどうしても、おじいさんと会いたくて、会いたくて、作品の中で私の気持ちとおじいさんを対面させたのだ

私もきっとすぐに死ぬから

 

創作意欲の根底にあるのは

人は簡単に死んでしまうのだから

生きて、そして自由に動き回れる今のうちに

少しでも私が素敵だと思った気持ちを形に残しておきたいし

自分でもそれを覚えていたい。

 

そして亡くなったあの人がいたことを作品の中で世にお知らせしたいという気持ちなんだろう。

 

私は良く知ってる

若さはすぐになくなる

この活力も永遠でない

 

だからこそ今動ける間

あなたと出会って大切に思ったこの感情を、胸にとどめておくのではなく

ちゃんと形にして残したいと思った

 

だから、私は描くんだと思う

止まりたくないし、疲れても結局描く

私は感情の示し方を知ってしまったから

もうそういう運命だと思う 

 

 

そう

私は思ったけど、

母には重いって言われそうで

「私は自分のために描いてる、誰のためでもないよ」

ってカッコつけた。母はいたずらっぽく

 

「そうじゃないと思うけどな」って笑った。

 

いつか、母との思い出を作品に描く日が来るんだろうな

その日が来て欲しくない、描きたくない、そんな衝動が入り混じる

 

だけど私は

この時を割と簡単に忘れてしまえる生物だから

形に残しておきたいよ

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